お知らせ

2015年3月30日 災害支援事業

笑顔プロジェクトⅤ「絵灯篭大作戦」事業報告

昨年度はじめて取り組んだ「絵灯篭大作戦」でしたが、多くの方が参加でき、「心を寄せる支援活動」としてふさわしいとの声をたくさんいただきました。そこで今年も再度実施したところ、多くの会員や子どもたちから、830枚というたくさんの絵が寄せられました。どの絵も、心を込めて描いた様子がうかがわれ、添えられた言葉も胸にしみるものばかりで、みなさんの被災地へ寄せる温かい気持ちが伝わってきました。本当にありがとうございました。その絵を、2月末までに現地へお送りしました。

宮城県名取市閖上でのボランティア活動

そして、3月7日と8日の2日間にわたり、宮城県名取市を訪れ、絵灯篭を設置する活動に参加しました。参加者は北川会長と竪畑事務局長の2名です。

3月8日、午前9時すぎに会場の旧閖上小学校に到着しました。体育館にはすでに現地ボランティアスタッフが集合し準備を進めていました。集まってきた人たちから順に、絵灯篭を組み立てる作業に取りかかりました。二人一組になり、協力して絵灯篭を組み立てます。石川県PTA連合会から送った作品もその中に混じっていました。

作業をいったん中断し、10時から全体説明を聞きました。担当者のお話では、一般参加のボランティアは、午前中はとにかく絵灯篭を組み立てるという仕事に取り組んでほしいということでした。その数なんと、2000個です。

わたしたちの活動の他にも、プラスチックのカップを利用したキャンドルをつくる人たちもいます。やはり2000個つくるのが目標です。一方企業から参加したボランティアの方は、閖上中学校から、日和山まで約1.5kmの道路沿いに、1500基の電子絵灯篭を並べる作業が割り振られました。

絵灯篭組み立て作業

絵灯篭を組み立てる作業手順を簡単に説明しましょう。①台紙に「ろうそく立て」をくっつける→ ②灯篭の側面を箱状に組み立てる(絵はすでに貼ってありました)→ ③②でつくったものと①の台紙をホッチキスで止める→ ④体育館に500個ずつ積み上げる という仕事を流れ作業でおこないます。

わたしたちは③の活動に従事しました。仙台から参加したという女性のボランティアと3名で協力して組立作業をしました。作業しながら、「石川県から参加したこと」「PTAの会員の協力でたくさんの絵を描いてもらったこと」などを話しました。女性は「近くに住んでいながら、はじめてこの活動に参加したこと」などを話してくれました。このような活動に参加して思うことは、初めて出会う人たちともすぐに打ち解けて、不思議な一体感を共有できることです。午前中いっぱいかけて2000個の絵灯篭ができ上がりました。

 昼食はコンビニで購入したおにぎりを食べました。うれしいことに、「豚汁」を提供してくれるボランティア団体がありました。熱々の豚汁が冷えた身体を暖めてくれました。

 昼食を食べ終わる頃から、空模様が怪しくなり、小雨が降り出しました。その小雨の中を、道路に並べた電子絵灯篭を見に行きました。その中にも石川県Pから送った絵が使われているはずです。せっかくなので写真に収めようと思って出かけました。

光の道

路沿いに電子絵灯篭が整然と並べられています。一基ずつ見ていくと、「石川県PTA連合会」と押印した絵灯篭を見つけ、シャッターを切りました。

そうやって歩いていくうちに、いつの間にか日和山のそばにある「慰霊碑」まで来てしまいました。ここは前日北川会長と訪れ、献花をしたところです。慰霊碑の前の広場にも絵灯篭が飾られています。石川県から送った絵もその中にあり、閖上地区で亡くなられた845名の霊を慰めているように見えました。

絵灯篭設置作業

小雨の降る中、午後の活動が始まりました。持参したレインコートを身に付けての作業です。午前中組み立てた絵灯篭を、運動場に並べていきます。運動場にはあらかじめラインが引いてあり、その線に沿って並べていきました。

午前中と違って屋外の活動は、想像以上にたいへんです。一番きついのは「寒さ」です。さいわい風がないのでまだ耐えられるのですが、それでも身体の芯まで冷えていきます。現地に身を置いてみて分かる寒さです。

4年前のあの日は雪が舞っていました。その状況の中で津波に襲われ、冷たい水の中でもがき、苦しんだ人のことを思うと、胸が苦しくなりました。

点灯式

作業が順調に進み、やがて点灯式の時間になりました。階段状に並べた絵灯篭に、名取市の副市長、市民代表、子ども代表の方々が灯をともしました。まだ周囲が明るいため、絵灯篭の灯りはほんのりと灯ったままでした。

黙祷を捧げ、灯篭に点火

午後3時55分になりました。この時刻は、閖上地区に大津波が襲いかかってきた時刻です。名取市全体で911名の死者と40名の行方不明者が出ました。半壊以上の建物は5000棟以上という甚大な被害をもたらしました。そのうち閖上地区では死者・行方不明者845名という大きな被害を受けました。

犠牲になられた方々の冥福を祈り、津波が押し寄せてきた海の方角に向かって黙祷を捧げました。閖上小学校のグラウンドに、静かな時間が流れていきました。

その後ボランティア全員で、グランドいっぱいに並べられた灯篭のひとつひとつに灯を入れていきました。

追悼式典

点灯し終わる頃には夕闇が迫り、灯りがだんだん明るさを増していきます。やがて追悼式典が始まりました。

津波の被害を受け肉親を亡くした方、復興の状況を新聞を通じて市民に発信している方など、地元の方々からのメッセージをお聞きしました。

続いて、閖上地区に昔から伝わる勇壮な「閖上太鼓」の演奏が始まりました。天まで届けとばかり、力いっぱいの演奏でした。鎮魂の歌「アメージング・グレイス」の独唱、ママさんコーラス「コールメモリー」のメンバーによる「花は咲く」「ふるさと」の合唱など、どれもが慰霊と追悼の切ない響きに聞こえました。

石川県と深い縁で結ばれるようになった「名取子どもミュージカル」の団員による元気な歌声が、閖上の空いっぱいに広がっていきました。いつの時代も子ども達のいきいきした姿は、大人たちに希望と元気を与えてくれます。

やがて宵闇が迫ってきて、灯篭の灯がいっそう輝きを増していきます。校舎4階のベランダまで上り、運動場を見下ろしました。

すると「閖上追悼イベント2015」の文字がくっきりと浮かび上がりました。

残念ながらわたしたちは夜行バスの時間が迫ってきたので、後片付けのお手伝いまではできません。後ろ髪を引かれながら会場を後にしました。途中、道路に設置した「光の道」を目に焼き付けることにしました。

閖上中学校から日和山まで並べた光の道です。

皆さんにご協力いただいた絵灯篭は閖上の地に温かい光を注ぎました。復興を願う希望の光となって閖上の地を照らしました。そして亡くなった方々を悼む気持ちもきっと天まで届いたことでしょう。

回訪れた被災地は、ようやく復興の槌音が聞こえるようになりました。でもこの先も5年、10年と長く険しい道のりが続きます。被災地支援は今後も継続していかなければなりません。私たちもできることをできる範囲で続けていきたいと思っています。決して風化させてはなりません。今後とも皆様のお力をお貸しくださいますようお願い申し上げます。

平成27年3月

石川県PTA連合会 会長 北川 和也